1)情を働かす人は、物の関係を味わう人で、
俗にこれを文学者もしくは芸術家と称えます。
2)物の関係を味わう人は、物の関係を明らめなくてはならず、
また場合によってはこの関係を改善しなくては味が出て来ないからして、
情の人はかねて、知意の人でなくてはならず、
文芸家は同時に哲学者で同時に
実行的の人(創作家)であるのは無論であります。
3)我々は自然とこの人間とに対して一種の情を有しております。
還元すれば感覚的なる自然と感覚的なる人間そのものの色合やら、
線の配合やら、大小やら、比例やら、質の硬軟やら、
光線の反射具合やら、彼らの有する音声やら、
すべてこれらの感覚的なるものに対して趣味、
すなわち好悪、すなわち情、を有しております。
だからこれらの感覚的な物の関係を味わう事ができます。
のみならずそのうちでもっとも優れたる関係を意識したくなります。
その意識したい理想を実現する一方法として詩ができます、画ができます。
(夏目漱石「文芸の哲学的基礎」から引用)